monsirouのガイア戦記

地球上の全ての生き物が暮らしやすい世界の実現を目指しています。環境問題を中心とした生活情報、購入した商品のレビュー記事など、日頃感じていることを独断で綴ったブログです。
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2010年10月に、「財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWF ジャパン)」に入会しました。

WWF とは?
WWFは、約100カ国で活動している地球環境保全団体です。1961年にスイスで設立されました。地球上の生物多様性の保全と、人の暮らしが自然環境や野生生物に与えている負荷の軽減を柱として活動しています。現在、特に力を注いでいるのは、森や海などの生態系を保全すること、木材や魚介類など、自然資源の利用を持続可能なものにすること、地球温暖化を防ぐこと。WWFのサポーターになることは、今すぐ、誰もが始められる環境保全です。人と自然が調和して生きられる未来を築くために、ぜひあなたの力を貸してください。

WWF ジャパン

活動内容を見て、これほど今の自分の考えにピッタリな団体があったのかと驚き(今更ながら気付いたというべきでしょうね)、早速入会の手続きをしました。
現在収入が安定していないために、会費は一般会員として一番小額の5,000円/年を選びましましたが、末永く続けていければと思っています。
なお、余談ですがWWF ジャパンは特定公益増進法人の認可を受けているため、会費は寄付金扱いとなり税法上の優遇措置が受けられるとのことです。
興味を持たれた方は、一度ホームページをご覧になってみてください。

WWF会員証

届いた会員証はシンプルな紙製でしたが、割引施設の利用時に使用するくらいで持ち歩く機会は少ないと思いますし、毎年更新されるようなので特に問題なし。
むしろ、環境に配慮された会員証でWWFらしく、好ましいと感じました。
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前回 からの続きです。
カーボンオフセット年賀が、製造や配達段階できるだけ二酸化炭素の排出量を減らすべく努力されたものであるかどうかをみてみたい。

日本郵便のWebサイト 年賀はがき 商品のご案内|郵便年賀.jp (外部リンク)を見る限り、通常の無地タイプのはがきとの違いは薄い緑の模様が入っている程度で、紙の素材が違うなど製造上の違いはないようだ。
同じ日本郵便のWebサイト カーボンオフセットはがき (外部リンク)を見ても、Q&Aの1番に『「カーボンオフセット年賀」や、かもめ~る「カーボンオフセットはがき」は、葉書の製作や配達によって排出される温室効果ガスをオフセットするものではありません』とあることから、製造や配送は通常のはがきと全く同じであり、二酸化炭素の排出量は減っていないと推察できる。
現状では、残念ながらはがきの製造・配達段階では二酸化炭素の排出量を減らす努力がされているとは思えない。

「地球温暖化防止はがき」というのであれば、
環境に配慮されたFSC森林認証紙を使う。(FSCとは森林管理協議会の略称)
普通のはがきと同じ紙を使うのであれば、厚さを薄くして材料を減らす。
はがきに色を付けるくらいなら、多少黒ずんでもよいので漂白剤の使用量を減らす。
印刷に石油系溶剤を含まないノンVOCインキを使用する。(VOCとは揮発性有機化合物の略称)
配達に、グリーン電力で充電した電気自動車、電動バイクや自転車を使用する。
など、まだまだ努力することはあると思う。

これらを実施した結果として、販売価格が上がっているのなら購入の検討に値する。
だが現状は、5円の寄付金が上乗せされた普通の年賀はがきなのである。
上乗せされた5円は何も一度日本郵便に預けなくても、地球温暖化防止を推進するプロジェクトに直接寄付をすればよい。この方がプロジェクトを自分で選ぶことが出来るし、時間もかからず合理的だ。
現状で製造段階での二酸化炭素の排出を減らそうとするのなら、出す枚数を減らすしかない。
10枚出していたのを9枚にすれば、1枚分の二酸化炭素の排出を減らし(オフセットなどではない、本物の削減)、同時に50円を寄付にまわせる。
上乗せ分の50円と合わせて100円を寄付すれば、総額も寄付金もカーボンオフセット年賀を10枚買ったのと同じだ。

よって今回、自分は通常の年賀はがきを購入した。
なお、寄付についてはカーボンオフセットに関係なく実施済みなのであるが、その話は別の機会に。

環境に配慮された紙製品の例
環境に配慮された紙製品の例:patagoniaの無料カタログと、送られてきた際の封筒

<参考関連サイト>
FSCについて|WWFジャパン (外部リンク)
森林管理協議会 - Wikipedia (外部リンク)
大豆インキ - Wikipedia (外部リンク)
最近、「カーボンオフセット」することをうたった商品やサービスが増えてきている。
カーボンオフセットの付いた商品やサービスを消費者が購入・利用すると、温室効果ガス(自分の調べた限り、ほとんどが二酸化炭素 CO2)を一定量オフセット(相殺)することができるというものだ。
中には、オフセット料金を上乗せしていることを明示している商品や、オフセットそのものを直接現金購入できるものまである。

今回自分がこの記事を書くきっかけになった商品が「カーボンオフセット年賀」だ。
これは通常の年賀はがきに5円のオフセット料金(日本郵便では、これを寄付金と称している)が上乗せされて、55円で販売されているもので、この5円に日本郵便が同等額のマッチング寄附金を加え、つまりはがき1枚につき10円が排出権購入にあてられる。
この寄付金が地球温暖化防止を推進するプロジェクト(森林再生や自然エネルギーを用いた発電所の建設等)に用いられることによって、はがきを買った消費者は地球環境に貢献できるという仕組みだ。

と、ここまでの説明ではなかなか良い商品のように感じる。5円の上乗せがやや気になるものの、そのお金は地球温暖化防止のために使われるのだから決して無駄ではない。
では地球環境を守るために行動すると決めた自分は、通常の年賀はがきよりもカーボンオフセット年賀を選ぶべきなのだろうか?
年賀はがきに限らず、カーボンオフセット付き商品を積極的に買うべきなのか。
カーボンオフセット付き商品が売れれば売れるほど、本当に地球環境が良くなるのか。
・・・何か違和感がある。
そもそも「カーボンオフセット」はそんなに地球環境に良い手段だったっけ?
というわけで、真剣に検討してみた。

まずは「カーボンオフセット」について知らなければ始まらない。

カーボン・オフセットとは、日常生活や経済活動において避けることができないCO2等の温室効果ガスの排出について、まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行い、どうしても排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方です。
環境省>地球環境・国際環境協力>カーボン・オフセット (外部リンク)より抜粋

カーボンオフセットとは、人間の経済活動や生活などを通して「ある場所」で排出された二酸化炭素などの温室効果ガスを、植林・森林保護・クリーンエネルギー事業などによって「他の場所」で直接的、間接的に吸収しようとする考え方や活動の総称である。
発生してしまった二酸化炭素の量を何らかの方法で相殺し、二酸化炭素の排出を実質ゼロに近づけようという発想がこれら活動の根底には存在する。
一般にカーボンオフセットをする流れは前後を含め以下のようになる。すなわち、
1.特定の活動(省エネルギー活動など)によって、排出される二酸化炭素の量を削減する努力をする
2.その上で、やむを得ず排出される二酸化炭素の量を算出する
3.その算出された二酸化炭素の量をオフセット(相殺)するために、植林・森林保護・クリーンエネルギー事業を実施する。
カーボンオフセット - Wikipedia (外部リンク)より抜粋

以上から、カーボンオフセットでは二酸化炭素はいったん地球上に排出されるのだけれど、オフセット(相殺)することで排出した量をゼロとみなしているわけである。
このやり方では、地球上の二酸化炭素の総量は削減されない。新たに出している分を打ち消しているだけなのだから当然である。
もっとも、二酸化炭素がまったく削減されていないわけでもない。
商品やサービスを提供する企業は、カーボンオフセットをする際に、まずはじめにできるだけ二酸化炭素の排出量が減るよう削減努力を行っているはずだからである。
削減されているのは二酸化炭素の総量ではなく、新たに排出される量の一部なのだ。
同じ商品を提供するのに、製造段階で少しでも排出量が減っているのならば、その商品は他の商品に比べて地球環境に配慮された商品だといえるだろう。

次に、カーボンオフセットの量が多いとはどういうことなのか。
京都議定書で各国に設定された温室効果ガスの削減目標の未達分を埋め合わせるため、温室効果ガスは証券化され「クレジット」として取引されるようになったのが、排出権取引だ。
これは排出枠が余った国や企業と、排出枠を超えて排出してしまった国や企業との間で取引する制度である。
排出権を購入することとは、排出枠が余った国や企業が排出するかもしれなかった二酸化炭素の量を購入しているのである。
実際には排出されていない二酸化炭素の量をいくら購入したところで、地球環境にはあまり意味をなさないのではないかと思う。

「カーボンオフセット」、なんとも巧妙なキーワードである。
「カーボンオフ」までで、誰もが二酸化炭素削減をイメージすると思う。その最初のイメージが強力で、後に続く「セット」には関心が向かないのだ。
また、二酸化炭素相殺などと日本語化したら、本来の打ち消しの意味が表に出てしまって今ほど良いイメージは持たれないはずだ。
こんな良いイメージを持った言葉を、ビジネスの世界が放って置くはずがない。
企業にとっては、自社の商品をなるべく多く消費者に買ってもらいたい。
今の消費者は環境意識が高い。
ならば商品を売るためには、自社の商品がいかに地球環境に配慮しているかをアピールすればよい。
その手法の一つが「カーボンオフセット付き商品」なのである。
カーボンオフセット付き商品は、自分の消費行動を通して社会に貢献したいと思っている消費者に対する、わかりやすい広告戦略なのだ。
「この商品を買うことで、○kgの二酸化炭素をオフセットできます」といった表示を見た消費者は、
この商品を買うことで、二酸化炭素が削減され、地球温暖化防止に貢献している と連想する可能性が高いし、
商品を発売している企業自体にも、地球温暖化防止に積極的に取り組んでいる企業である といった、良いイメージを持ってくれるかもしれない。
オフセットするための費用は、自社負担する場合は広告費であるし、上乗せされている分なら消費者が負担してくれるのだからゼロで済む。
そしてその広告費用が、最終的には「寄付金」として植林・森林保護・クリーンエネルギー事業などに寄付されるのだ。
企業にとってみれば、実にオイシイ広告販売戦略ではないか。

地球温暖化を防止するためには、二酸化炭素の排出量そのものを減らさなければならない。
そうするために消費者がとれる一番効果的な手段は、できるだけ商品を買わないことである。
どんな商品も製造段階で二酸化炭素を排出してしまうのだから、そもそも作られる量を減らせばよい。
次に、製造段階でなるべく二酸化炭素を排出していない商品を選んで買うことだ。
地球温暖化防止に積極的に取り組んでいる企業であれば、商品に表示するのはカーボンオフセットされる二酸化炭素の量などではなく、その商品が製造される段階で同等の商品に比べてどのくらい二酸化炭素の排出が減っているのかどうか なのである。

結論:
消費者が商品を購入する際に見るべきなのは、その商品やサービスが製造・提供される段階で、できるだけ二酸化炭素の排出量を減らすべく努力されたものであるかどうか であって、カーボンオフセット付きなのかどうかはあまり関係がない。

では「カーボンオフセット年賀」を例に、環境に配慮された商品とはどうあるべきなのかを述べてみたい。

次回に続く
地球を守るために個人が出来ることの第2回目です。
1回目の記事は こちら です。

「製造段階から環境に配慮されたモノを選んで買う」

みなさんはモノを買う際に、どのような基準で選んでいますか?
大抵は、品質(性能)と価格とのバランスで選んでいると思います。
環境意識の高まりで、省エネ等地球に優しいモノであることもようやく重視されるようになってきましたね。
これらの基準はわかりやすいし、見えているので気が付きやすい。
それは、出来上がったモノに対しての評価だからです。
ですが、たとえ出来上がったモノがどんなに地球に優しいことをうたっていたとしても、つくられる段階で環境破壊をおこしているとしたら、それは地球環境に優しいと言えるのでしょうか?
「本当に大切なものは目に見えない」という言葉がありますが、これはモノを選ぶ際にも当てはまると思います。
出来上がったモノが地球に優しいのはもちろんとして、目には見えない製造段階から環境に配慮されているモノを選ぶことが大切なのです。

それでは「製造段階から環境に配慮された」とはどのような状態なのか。
それは「持続可能な状態が保たれている」ことだと思います。
自然環境には再生能力があり、破壊されても一定の期間が経てば回復します。
この期間より早くモノをつくらないようにすること。
そうすれば、環境を維持しつつ持続してモノをつくることが可能です。
他にも、製造段階で有害物質を極力使わない、使っても外に出す前に適正な処理をする、下水を直接河川に流さない等、周辺環境を汚染していないこと。
また、従業員に健康被害が出ない労働環境であることや、作業に見合った報酬が支払われていること。
これらを満たしてつくられたモノはそれ相応の価格になるはずですが、それが適正なモノの価格なのです。
最近はとにかく安ければ安いほど良いといった、価格だけを極端に重視してモノを選ぶ人が多いように思えます。
ですが、環境や誰かの犠牲の上につくられているモノは、買うべきではないのです。

-次回に続く-
地球を守るために個人が出来ることを考えてみました。
なお、ここでいう「地球を守る」とは、前回 のとおり「生物が多様な地球環境を守る」ことです。

1.なるべくモノを買わない。
2.製造段階から環境に配慮されたモノを選んで買う。
3.買ったモノは出来るだけ長く使用し、捨てない。
4.住んでいる場所の近くで作られたモノを買う。
5.中古品(リユース)の活用、リサイクルの徹底。


並びは優先順位です。
当然1番が最も重要で、大きな差があって2番、それ以降は横並びといった感じ。記号であらわすと
1>>>>>>2>3≧4≧5 となります。

「なるべくモノを買わない」
今の世界(自分は日本国民なので、日本を前提とします)はモノに溢れていて、まさに大量生産・大量消費社会といえるでしょう。
食料や生活必需品が足りているのはおおいに結構なことですが、衣料品、家電製品、ビルなどの建物等は、必要な量を遥かに超えて作られていると思います。
モノをつくるには、資源(材料、水。殆どは天然資源で、地表か地中に存在することが多い。)を使い、エネルギーを消費し、製造する場所(工場、畑等)を必要とする。
資源を得るために土壌が破壊的に掘削され、水の使いすぎが水不足を招く。
エネルギーを消費することで熱が放出され、地球温暖化を引き起こす。
工場や畑は大抵森林を切り開くか、海や湖を埋め立てて造られる。
モノをつくればつくるほど、自然環境が破壊される。
つまり、人間は自然環境を破壊する代償に、モノを得ているのです。

これを止める方策は、とてもシンプルです。
モノを買わなければいい。
たったこれだけ。お金も掛からないし、誰でもその気さえあればすぐに始められる筈です。
企業等がモノをつくるのは売って利益を得るためで、それを買う消費者がいるからです。
過剰なまでと感じる大量生産も売れるからこその行為であって、誰も買わなければつくられることはありません。
一時的につくられたとしても、売れなければその企業は自然に淘汰される。
大量消費を止めれば、大量生産されることはないのです。
エコカー補助金も、家電エコポイントも、本当のエコではない。
どちらも買わずに何ももらわなかった人の行動が、本当のエコなのです。

もちろん、いくら地球環境を守るためとはいえ、何もモノを持たず、つくらずにそれこそ狩猟採集生活を送るなんてことは、今の時代現実的ではないでしょう。
食料などの生活必需品、最小限の娯楽品は買わざるを得ない。
そこで、モノを厳選して買うことが次に重要となるのです。

次回に続く
前回 からの続きです。
「地球を守るために個人が出来ること」の前に、前提となる「地球を守る」ことについてもう少し詳しく書いてみます。
自分が考える「地球を守る」とは、「生物が多様な地球環境を守る」 ことです。

『人は一人では生きていけない』という言葉はよく耳にしますよね。
自分もその通りだと思いますが、これを個人ではなくもっと大きな視野でとらえれば
『人間は人間だけでは生きていけない』 となります。

そうです、人間が生きていくには人間以外の生物が必要なのです。
衣食住全てそうですが、一番わかりやすいのは食物です。
動物であれ、植物であれ、人間が食べているのは他の生物です。
その人間が食べている生物も、何らかの生物をまた食べています。
これを「食物連鎖」といいますね。
この連鎖は食物に限った話ではなく、生命が生きていくには条件が整ったある一定の空間(=環境、生態系)が必要であり、それらが互いに影響を与えながら一つの輪のように繋がって存在しているのが「地球」なのです。
この考え方は「ガイア理論」※ として、既に提唱されています。

ガイア理論:Wikipedia (外部リンク)

今地球上には絶滅に瀕している生物が多数存在し、残念ながらそのほとんど全てが人間の経済活動による環境破壊が原因となっています。
ある生物が絶滅するということは、その環境にいる多数の生物に影響を及ぼし、「地球」という一つの輪のどこかが切れることを意味します。
たとえその生物が人間とは直接関係していないように思えたとしても、同じ輪の上での話しなのです。
切れた輪はまた繋がるかもしれませんが、輪は確実に小さくなっていきます。
いつ切れた輪が繋がらなくなるのか、小さくなってしまった輪がどうなってしまうのか、考えると恐ろしくはありませんか?
この危機を回避するために、「生物が多様な地球環境を守る」ことが重要であると自分は考えます。
生物が進化の過程で自然淘汰され絶滅してしまうことは、自然の流れの中のことでしかたがない。
ですが、人間による環境破壊が原因で生物が絶滅するのだけは防がなければならない。
何故なら、人間が防ごうと努力すれば防げるのだから。

次回に続く
次回、今度こそ本当に「地球を守るために個人が出来ること」を書きます(^_^;)。
地球を守るというテーマが壮大すぎて、頭の中を整理するのに時間がかかり、また猛暑の影響もあって筆が進まず月一記事になってしまいましたが、次はもう少し早くお届けできるかと。
いえ、既に5つ程考えて実践しているので、多分大丈夫、大丈夫(笑)。
大変ご無沙汰しています。
ある難題の答えを求めて、迷宮を彷徨っていました。
やっと答えが見つかり、今帰還したところです。
突然ですが、みなさんはこの世で一番大切な存在は何だと思いますか?
自分の生命でしょうか。
家族の存在でしょうか。
あるいは現実的なところで、お金でしょうか。
自分はこの3つを思い浮かべました。

自分の生命と考えるのは、そもそもこの世という前提ですから当然ですよね。
自分がいなければこの世ではなく、あの世になってしまいますし(笑)。
家族の存在は生きる支えになります。
結婚していればパートナーが、もしくは子供さんが自分の生命よりも大切な存在だと思う方もいるでしょう。
お金は、生きていくために必要だからですよね。
完全自給自足はほぼ不可能ですし。

いずれにしても、3つに共通しているのは『生きる』ことのようです。
それなら自分は既にこの世に生を受け、生きています。
では何のために生きているのでしょう?
幸せな人生を送るためでしょうか。
では幸せな人生って何だ?

結婚して、家庭を持つことでしょうか。
自分はアラフォーで、正真正銘の独身。結婚したことは一度もない。
別に結婚しないと決めている訳ではない。
今のところ運命の人に出会えていない、ということもあるが、一番の理由はどうして結婚したいのかが途中からよくわからなくなってしまったからだ。
人はどうして結婚するのだろう?
結婚すれば、幸せな人生を送れるから?
いや、そうとは決まっていない。
途中で離婚してしまう場合だって頻繁にある。
そうだ、結婚してもしなくても、離婚しても人生は続く。
幸せな人生を送るのに、結婚しているかどうかなんて関係ない。
人はどう行動するかによって、幸せな人生を送れるかどうかが決まるのだ。

お金はどうでしょう。
大抵の人はお金を得るために働く。
では、いくらお金があればいいのだろう?
いくらでも、あればある程でしょうか。
より多くお金を得るために毎日朝から晩まで働いて、家に帰ってきたら寝るだけの生活。
好きなことをしている時間もない、仕事中心の人生が幸せな人生?
好きなこと=仕事ならば良いのでしょうが、ならば自分のしたかった仕事に就けていますか?
それどころか、今や働きたくても働けない就職難民が存在する時代なのだ。
一生懸命働いているのに、生きていくのに満足なお金が得られない人がいるのは何故?
仮に大金持ちになったとして、何か具体的に行いたいことがありますか?
贅沢な生活をしたい、高級品を買いたい、豪邸に住みたい、自家用ジェットが欲しい・・・
それは『生きる』ために必要なことなのか?
違う、何かが間違っている。
お金は生きるために必要な最低限があれば良い、と考えられなくはないですか?

いよいよ迷宮の最深部に達したようだ。
この世で一番大切な存在は何なのか、自分は何のために生きているのか、なかなか答えが得られません(>_<)。
目の前に現れた迷宮の主が問いかける。

「お前はこの世で何をしているのだ! 何の役に立っているのだ! 役に立っていないなら、この世に必要のない存在ではないのか!」と。

これは難題だ(@_@)! しかも、答えられなければこの世から消されてしまう恐れがあるではないか。
何だ、自分は世の中の役になんか立っているのか? 40年近くも生きてきて、わからないのか...
大体テーマが壮大すぎる。自分は地球上に生まれた、一つのちっぽけな生命じゃないか。
それが世の中の役に立つ??
こういう場合、シンプルに考えると良いはずだ。
生命だ。生命とは、生きて次の世代に命をつなぐことだ。
人間だけじゃない、地球上の生命全てそうだ。
次の世代に命をつなぐためには、何が必要なんだ、何を残せばいい...

ん...残す...そうか!
わかったぞ!!
あまりにも近くにありすぎて、当たり前すぎて気が付かなかった、大いなる母なる存在。

それは 『地球』 だ!

この世で一番大切な存在、地球。
生命は全て、地球が存在しなければ生きていけない。
地球がなければ、自分の生命も、家族も、お金も、夢も、希望も、何も存在しない。
この世にたった一つの、かけがえのない存在。
この地球を、地球環境を次の世代に引き継がなくてはならない、何よりも優先して。
では、今の地球はどうなっている。
環境破壊、地球温暖化、異常気象、熱帯雨林の消失、砂漠の拡大、化学物質による汚染、水不足、資源の枯渇・・・
だれがどう見たって『危機的状況』ではないか。しかも、現在進行形で悪化している...

このままではいけない。守らなくては、地球を。地球環境の悪化を止めなければならない。

誰が?
人間がだ。危機的状況に陥った原因は、人間ではないか。
ならば危機的状況から地球を救うことは、人間の責務だ。
自分もこの世に生きている、一人の人間だ。
決して他人事ではない。
気が付いた人から、始めなければならない。
自分は、やっと今気が付いた。
既に、始めている人は沢山いる。
ならば、あとは行動するのみではないか。

迷宮の主に答える。
『自分はこれまでただ何となく生きてきた。でも、これからは地球を守るために生きる。それが、自分の生きる目的だ!』

「そうか。ならば行動するがよい。」
そう言って、迷宮の主は目の前から消え去った...

次回に続く
次回は、地球を守るために個人が出来ることを中心に書く予定です。
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